梅田さんの出版イベントに参加してきました
内容についてはこちら。
何かあれば適時追記の予定です。
リアルタイム筆記などはどなたかがされるかと思いますので、お任せで。追記:書かれていました。
ちなみに、事前に気にしていたのはこんな感じにて(mixi日記より抜粋)。
・身体論が入ってくるか
・政治と多様性への視線が担保されるか
・ヒッペルとダベンポートの論は含まれるか
・蛸壺とクラスター
・見えない価値交換
◇
・第一部
アジェンダ:一言書いておくと、言語-貨幣-経済圏というテーマに辿り着くのか、メディアと国民国家という議論(isedとかで良く語られているような)という議論に届くかどうか、もし届いたらなら参加されている皆様がどのような立場と解決イメージを持っているのかをお聞きしたいところです。
* 日本においてメディア(テレビ、新聞、出版)の淘汰はどのように行われるのか?
* 既存メディアとネットメディアは融合していくのか、並立し続けるのか?
* 融合・淘汰が起こるとすれば、それはどういう時間軸で、どんなブレークスルーによって起こるのか?
ちなみに、メディア論としては、破壊ではなく、侵食と統合が行われると踏んでいます。詳しくはちゃんとまとめたいので後日。資本主義とマーケティングの進化、今の経済にとってフロンティアとは何かというテーマを突き詰めていくと答えは自然と出てくると考えます。競争戦略論からは適切な回答が出ないというのが個人的な意見となります(なぜなら、一部機能が規制産業であり、公共的な役割が置かれているために、電力などと同じように通常のビジネスのみのラインでは判断が効かないため)。
メディア産業にかかっている力のベクトルとしては、途中までCNETでまとめています(宜しければ、リンク先のシリーズをお読み頂ければ。なお、サーチが世界を制するという議論ではないことを補足したいと思います)。
なお、ついでに、マスメディア的なものが生き残る力の一つとして、コンシューマービジネスの成立基盤となっていること、物財の世界ではやっぱり規模の経済が働いていることを指摘します。(もちろん、更にこの前提さえも越えるシナリオは描けるのですが)
※予想通り、右脳と身体への言及までは行かなかったですね。この点は後日補足したいと思います。
◇
・第二部
* ブログとSNSはどのような成長を遂げるのか?
* CGM(Consumer Generated Media)の収益モデルは何か?
* Web 2.0スタートアップには「列強(ネット、メディア)による買収」というexitしかないのか?
SNSというかややWeb2.0については端的にいしたにさんのがまとまり良いのでご紹介。このサマリは素晴らしいです。
狭義にはWeb2.0、少し広めに見たらSoftware as a Serviceと呼ばれている産業変化をどう捉えるかというところでしょうか。サーチが一つ引っ張る形として根幹のアーキテクチャーを変えているところ、DtoD、MtoMという実はこっそり起きている変化にどう向き合うかというところがキーになると考えています。
・サーチがなぜセマンティクスとオントロジーを取り込みつつあるのか
・メディア/ソフトウェアが融合しつつあること
・情報の消費キャパシティよりも増加の速度が早いのをどう解決するのか
・そもそも、(少なくとも日本では)総需要が限られて、且つ現象しつつあるのをどう捉えるか
Web2.0企業のExitが売却に寄りがちなのは、リードユーザーイノベーションの一形態だから、必然の流れだと捉えています。エコノミクスや成長のモデルを考えると自然と導き出されるところかと。
梅田さんの「産業が無くなるかも」という一言は軽い笑いを誘いましたが、アプローチ例の一つとして、Sunの現行のストラテジーを挙げたいと思います。シュワルツが何を語っているか、全社的にどちらに向かっているか、且つ”言葉が経済圏を縛る”ということを合わせ読むと仕掛けている意味のエッセンスは読み取れるかと思います。
あるサブセクターなり産業が無くなる可能性は既に示されており、理論的なバックボーン(なぜそうなるの?)というところもかなり実証されています。最終的にその道を選択するかは、ユーザーはもちろん、全てのステークホルダーの社会的合意(これは明示的なものではなく、ベクトル足し算の結果で良い)が必要ではありますが。
突飛な話でも、笑い事でもなく、現実ありうるシナリオの一つです。
◇
最後一言で感想を要約すると、"おつかれさまでした"というところでしょうか。
あと、この本(というか、イベントでしょうか)は一周半スパイラルした構造になっているはず、ということを触れておきたいと思います。
追記:
一夜明けて改めてイベントの意味を再構成していたのですが、要するに禅譲だったのでは、と私的には結論付けています。日本の「あちら側」に願いを託すためであったと。
















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